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【蝶野正洋さん】自分や周りの人の命を守るためにできること

掲載日:2024.03.08

プロレスラーの蝶野正洋さんが、「救急救命」や「地域防災」について、積極的に情報発信しているのを知っていますか。新日本プロレス時代にはヒール(悪役)として活躍し、「黒のカリスマ」と呼ばれた蝶野さんが社会貢献に取り組むワケは? その理由を聞きました。

「救命」「防災」は「いつか」ではない。一人ひとりが自分の身を守る「自助」が大切

――蝶野さんが取り組んでいる活動について聞かせてください。

救急車が到着するまでに周りの人の命を守れるように、AEDの普及や救命講習の受講を呼び掛けています。また、災害時に自分の身は自分で守る大切さを伝えるため、行政とも連携して、イベントや講演会にも積極的に参加しています。

―― 「救急救命」はどうして大切なのですか。

知識があれば誰もが命を救えるからです。人が倒れて意識を失っている状況に出くわすと、びっくりしますよね。そういうときに勇気を出してAEDを持ってくることができるか。それで命を救えるかどうかが決まります。

実際に目の前で人が倒れると、みんな驚いて何も動けなかった現場も目にしました。誰も動かないことにはびっくりしたけれど、学校で救急救命について習わなかったからかもしれない。知識がないだけかもしれない。知り合いが倒れても驚いてしまうから、赤の他人ならなおさら、ハードルが高い。

だから、救命救急講習などを受けて、しっかりとした知識を身に付けることが大切です。

――「地域防災」について必ず伝えていることは何ですか。

自分の身は自分で守るという「自助」です。災害が起こった時、自力で逃げられる人は自分で逃げることが大切です。

東日本大震災では、多くの消防団員が犠牲になったと聞きました。逃げ遅れた人がいないかを確認したり、避難していない人を救助に行ったりして津波に流されたのでしょう。みんなが「自助」で避難できていたら、彼らの犠牲は減らせたはずです。

でも逃げなかった人が一概に悪いわけではない。情報が届いていなかったり、わからなかったり、自力で避難できなかったりした人たちもいました。
そういう本当に助けを必要としている高齢の方や障害のある方などを助けるためには、その他のみんなの「自助」がしっかりしていることが前提です。「自助」ができていなければ地域でお互いに助けあう「共助」や、行政からの「公助」も足りなくなってしまいます。

――地域防災において私たちはどのような「自助」を心掛けておくべきでしょうか。

日本にはしっかりとしたハザードマップがあります。でも、見方がわからないと、自分たちは避難が必要なのかわからなくなってしまう。
だから、ハザードマップなどを見て、地域の状況や避難場所を日ごろから知っておくことです。同じ地域でも、地形や家族構成、家の築年数などによって状況は違う。だから、一人ひとりに合ったケースを考えないといけない。本当に避難しないといけない人が避難できるように、慌てずに自分で判断できるようにしておきたいですね。

「自助」は一番の基本。それは普段の生活でも、家庭内や学校、会社にも当てはまります。プロレスの世界も一緒。けがをせずに自分の身を守ることが第一ですから、最初に習うのは受け身です。

仲間たちの死に直面。スピーカーとして「救急救命」の大切さを伝える

―― 救急救命の啓発活動を始めたきっかけを教えてください。

同期の橋本(真也)選手が2005年に急死し、ライバル団体の三沢(光晴)社長が2009年にリング上の事故で亡くなりました。選手の安全管理をちゃんとしなければいけないという意識が業界内で高まりました。その翌年に自分は新日本プロレスを退団し、個人で何かできることはないだろうかと考えた時に、東京消防庁のAED救命講習を受けたんです。

ちょうど東京都も東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、安心・安全な街づくりのためにAEDの普及を進めていたときでした。

――その数年後には一般社団法人「ニューワールドアワーズスポーツ救命協会」を立ち上げました。他のアスリートたちと一緒に活動をする理由は何ですか。

ボランティア活動をしたいという気持ちを持ちながら、具体的に何をすればわからないアスリートや元選手がいっぱいいるだろうと思いました。所属団体にいる間は何らかの活動に関わることができるけど、団体を離れてしまうと自分たちで活動を一から組み立てるのは難しいのが現実です。

一方で、行政はしっかりとした制度や仕組みを整えていますが、なかなかそれが知られていません。それがとてももったいないと思い、スピーカー役として手伝っていくことにしました。アスリートがいい意味で知名度を生かすことで、役に立てればと思っています。

――講演やYouTube配信に寄せられる反応はいかがですか。

ボランティアに関心を持っている若い人が多いことにびっくりしています。東日本大震災でも若いボランティアが活躍していたし、講習にも若い人が来ていました。

ただ、イベントだとプロレスのファンやバラエティー番組で俺を知っている人は来てくれるけど、子どもや若い人たちに関心を持ってもらうことはなかなかできていなくて苦戦しているかな。

啓発の動画も、なかなか再生数が伸びなくて。プロレスの昔話をしている動画の方の桁が多いと参っちゃうね。

――今後取り組んでいきたいことを教えてください。

地域の大きなイベントに参加するような形で救急救命と地域防災をアピールしていきたいと思っています。次にバトンタッチするアスリートも育てなきゃいけない。俺も60歳になったんで、50代の後輩たちに「そろそろリングから降りて違うことをやれ」と言っています。

「善のチャンネル」 使うのは恥ずかしくない

――ボランティアのやりがいや魅力はどういうところでしょう。

40代まではプロレスに精いっぱいで、ボランティア活動は団体として何かの慰問に行くぐらいでした。
初めて本格的に携わったのが2007年にHIVの啓発イベントに呼ばれた時です。有名なミュージシャンもたくさん出演したコンサートで、みんなが一体感を持ってつくりあげていました。世の中、競争社会だし、現役時代は相手を痛めつけることばかり考えていたから、誰かのためにという姿が衝撃的でしたね。

出演者が一つになって、長いイベントをやり遂げたというのは達成感がありました。そういうものを味わえたり、見返りを求めずに思いやりを持った行動を取れたりするのがボランティアの魅力だと思いました。

――ボランティア活動に触れたことのない人は何から始めればいいですか。

自分の身近なコミュニティーに関わるところから探してみるのはどうでしょう。地域や学校、企業。必ずどこかで社会貢献活動に携わっていると思うし、自分の得意なことがあれば参加してみるぐらいの気持ちで始めたらいいと思います。

ただ、ボランティア活動を通じた「共助」のためには、やはり「自助」が大事。本業の仕事や学校で余裕がなくなったり、健康を保てなくなったりするのは本末転倒です。

――悪役のキャラクターも経験した蝶野さんが社会貢献活動を通じてどんなことを感じていますか。

強い奴も悪い奴も、困っている人を助けたいという優しさは必ず誰もが持っていると思います。人間っていろいろな面を持っているけど、「善のチャンネル」を使うのは決して恥ずかしくないし、隠さなくていいです。それが年に1回でもいい、バカにされたって気にすることはない。

その気持ちを心の中にとどめるだけでなく、行動として表に出してみると同じ気持ちの人たちが集まってきます。ぜひ一歩前に出て、行動してみてください。