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海の生き物と来園者の架け橋になり、笑顔の輪を広げる!【水族館のボランティア】
東京都内にありながら、500種を超える海の生き物に出会える葛西臨海水族園(江戸川区)。国内屈指の大型水族館を職員と共に支えているのが、ボランティア団体「東京シーライフボランティアーズ」(略称T.S.V.)のみなさんです。いったいどのような活動をしているのでしょうか? T.S.V.のメンバーと、T.S.V.のメンバーが普段担当している水族園を楽しめる様々な活動が年に一度大集合する「ボランティアーズDay」に密着しました。
ガイドや紙芝居で海の生き物を紹介
葛西臨海水族園のシンボルにもなっているガラスドーム。この下に水族園が広がる
1989年に開園した葛西臨海水族園。東京湾に面した葛西臨海公園の一角にあり、海を身近に感じながら、生き物の生態も学べる水族館です。
世界ではじめてクロマグロが群れで泳ぐ展示を実現した巨大水槽、サメやエイ、イワシの群れがダイナミックに泳ぐ水槽、世界各地から集められた海の生き物の展示、国内最大級のペンギン施設など見どころたっぷりで、多くの来園者が訪れています。
クロマグロの迫力ある群泳を観察できる巨大水槽
この水族園で、海の生き物と共に来園者を楽しませているのが東京シーライフボランティアーズ(T.S.V.)です。現在のメンバーは約100人で、高校生から80代まで様々な年代や職業の方が活躍しています。
このメンバーが1年に一度、大集合するイベントが「ボランティアーズDay」。T.S.V.の活動を広く知ってもらうことも大きな目的となっています。
緑のエプロンを着ているのがT.S.V.のメンバー
10月下旬の日曜日に開催された「ボランティアーズDay」。緑のエプロンを着たT.S.V.のメンバーが水族園の各エリアで、多くの来園者と積極的にコミュニケーションを取っていました。
T.S.V.が携わる活動は多岐に渡ります。「東京の海」エリアの生き物を紹介する「東京の海ガイド」や、ヒトデやナマコ、ウニなどを展示案内する「しおだまりガイド」、しらすに混じっている海の生き物を一緒に探す「しらす探偵団」。ほかにもマグロ、サメ、海鳥のガイドや生き物の魅力を伝える紙芝居など、実にたくさんのプログラムを行っています。
「マグロガイド」による模型を使った説明に、子どもたちは興味津々
それらのプログラムは、普段は別々の曜日・時間帯に開催されています。それを1日で体験できる「ボランティアーズDay」。この日を楽しみにしている来園者も多いそうです。
屋外のテントデッキでの紙芝居
海の生き物の魅力を伝え、笑顔が広がる喜び
中でも人気だったのが、しらすに混じった魚やイカ、タコ、貝、クラゲなどの生き物を探す「しらす探偵団」のコーナー。来園者たちが虫眼鏡を片手に、お皿の上のしらすをのぞいています。
多くの来園者が夢中になる「しらす探偵団」のコーナー
T.S.V.のメンバーが寄り添い、質問に答えたり、一緒に図鑑で調べたり。来園者がしらす以外の生き物を見つけると、一緒になって喜び、笑顔の輪が広がる様子がとても印象的です。
この日、「しらす探偵団」で活動した田中絢音(あやね)さんは、高校2年生のときからT.S.V.に参加しています。「小さい頃から水族館が大好きで、『海に関わる仕事をしたい』と思っていた自分にはぴったりでした」と応募した当時を振り返ります。
「しらす探偵団」で活動していた田中絢音さん
来園者の質問にテキパキ答える田中さんですが、メンバーになった当初は海の生き物について今ほど詳しくはなかったそうです。水族園の職員からレクチャーを受けたり、来園者からの質問をきっかけに自分で調べたり。活動を続けることで、学びをどんどん深めていきました。
水族園には、子どもからお年寄りまで幅広い年代の人たちが訪れます。田中さんは来園者と接するときに、大人か、子どもか、水の生き物に詳しい方か。まずは説明する前に相手の様子を見て、どのように紹介するのか考え、水槽を眺めているだけでは気づけない観察のポイントなどを説明しているそうです。
田中さんの力になっているのは、来園者のうれしい反応です。自分の説明に来園者が驚いたり、感心してくれたり。何より、笑顔で「ありがとう」と声をかけられると、やりがいを感じるそうです。
「活動を通してネットワークが広がり、好きなことを追求するモチベーションになっています。学校以外の社会に触れる良い機会にもなっています」と田中さんが話すように、年代やバックグラウンドが違うメンバーたちとの交流も大きな学びになっているようです。
「活動前後のミーティングでは、担当する水槽の生き物の話や最近行った水族館の話などで会話も弾みます。はじめは展示生物の知識や解説の仕方に自信がなくても、ミーティングで観察ポイントを教わったり、先輩方の解説を見学したりしているうちにコツがつかめてきます」
来園者の反応をみながら、丁寧に接する田中さん
サメやエイ、イワシの群れなどが泳ぐ巨大水槽の近くに設けられたサメの解説コーナー。ここでサメについて熱心に解説していたのが、野村有(ゆたか)さん。手元には、らせん状のユニークな形をしているネコザメの卵の殻がありますが、野村さんは図版も使いながら、殻の特徴を優しい口調で丁寧に説明しています。
来園者の方にサメの説明をする野村有さん
野村さんはT.S.V.に参加して10年目。子どもが自立し、自分の時間が作れるようになったため、「自分を育ててくれた社会への恩返しができれば」と応募しました。
活動を始めた当初は「海の生き物に対しては、それほど詳しくなく、受講した研修で楽しさを学びました。活動を続けていくうちに、海の生き物の不思議さ、たくましさ、かわいらしさを学んでいきました」と言います。
そんな野村さんが普段から心がけていることは、笑顔で接すること。「ボランティアーズDay」でも、来園者は野村さんの説明を聞くだけでなく、多くの質問をしています。「私の話から来園者の方が少しでも生き物に興味を持ち、質問をしてくれたり、感謝の言葉をかけてくれたりすると、やりがいを感じます」
仲間とともに活動することで、様々な経験ができることも楽しみの一つ。海の生き物のボランティアが初めてでも、徐々に知識がついていくところも魅力だそうです。
「T.S.V.のメンバーとは、お互いを尊重しつつ、楽しさも苦労も共有しながら、生き物について情報交換したり、いろいろな経験ができたりするのが楽しいです。T.S.V.に正式に入る前にも実習の機会があり、活動中に困ったことがあったら先輩方がフォローしてくださるところもいいところだと思います」
サメの解説コーナーを担当していた野村さん
生き物と来園者をつなぐのがボランティア
T.S.V.の活動を事務局として支えているのが、葛西臨海水族園の職員・佐藤薫さん。どのような方が活動されているのか聞くと、「水族園のある江戸川区や東京23区の方を中心に、千葉や埼玉など近隣県からも」参加されているそうです。
「活動日は火曜、金曜、土曜、日曜で、月に2回の参加をお願いしています。1回あたりの活動時間は準備や片付けを含めて約2時間。それぞれが都合の良い日に参加しています」
新たに加わるメンバーの多くはボランティア活動の未経験者で、必ずしも生き物に詳しいわけではないといいます。いろいろなメンバーがいるからこそ、佐藤さんが大事にしているのが、コミュニケーションを密に取ることです。
葛西臨海水族園(飼育展示課 教育普及係)の佐藤薫さん
2023年度には約126万人が訪れた水族園。多くの来園者と接していると、時には難しい質問や予想外の質問を受けることがあります。そのため、活動前後のミーティングは欠かせず、活動前には、その日ならではの観察ポイントや展示の変更点などを共有。活動後には、困ったことや来園者から受けた質問内容などを報告しあっています。
このミーティングのおかげで、メンバーと職員の距離はとても近いのだとか。佐藤さんはメンバーに「わからないときは遠慮せず、正直にわからないと答えて、職員につないでもらっても大丈夫ですよ」と声をかけています。何より、メンバーが心の負担を感じないように心がけているそうです。
ヒトデやナマコ、ウニなどを観察できる「しおだまり」のコーナー
T.S.V.メンバーの話から質問をして会話を楽しむ来園者
「生き物と来園者をつなぐのがT.S.V.」だと佐藤さんは言います。「来園者には、T.S.V.のメンバーとの交流を通じて、新たな気づきや学びを持って帰ってもらうことができています。職員が相手だと身構えてしまう来園者の方も、T.S.V.のみなさんには話しかけやすいようです」
水族園のボランティアと聞くと、「大の水族館好き」や「生き物博士」のようなイメージを持つ人もいるかもしれません。
しかし、佐藤さんは、「人と関わったり、話をしたりすることが好きな方なら大丈夫です。研修や実際の活動を通して、東京の海はもちろん、世界中の海の生き物についてどんどん詳しくなれますよ」と言います。
T.S.V.は水族園のサポートにとどまらず、訪れる人々と生き物や自然を結ぶ架け橋になっています。興味のある人は、ぜひ一度、水族園に足を運び、活動に触れてみてはいかがですか?